同棲のメリットデメリット
さて新生活が始まって一週間弱、果たしてこの決断はどうだったのか。
メリット
家事の負担圧倒的減
まじでこれ。
「そんなこと言って、量が倍になるなら結局変わらなくない??」って意見もあるかもしれないが、そんなことはない。これは明らかに事実。
なんだかんだ1人でも同じくらい時間がかかることって結構あるし、それを
「俺こっちやっとくからそれやっといてー」
みたいにできるし、なんなら言わなくても仕事行ってる時にやってくれてたりすると
「はぁー??天才かぁ??!」
ってなる。こうなると僕も負けず嫌いなので、暇な時間に気付きづらいところを掃除したりごちゃっとしているところを整理したりする。そうすると今度は彼女の
「え?神様??」ターンに移るというわけだ。
ここで一つ大事な心構えを話しておく。それは、
相手に期待しすぎない
ということである。
これは僕の彼女が無能とかそういう話では断じてなく(むしろ天才なので)、人間関係全般において大事だなと改めて思ったこと。
期待というのは信頼に似て美しいものに見える一方で、その相手に大きなものを背負わせてしまう。
自分が期待を膨らませてしまうが故に、相手の相対的な魅力が低く見えてしまうことにすらなってしまう恐れのある覚醒剤だ。
期待を持っていいのは自分にだけ。
そんな気がする。反例をちゃんと吟味したわけではないけども。
なので僕は、いい意味で彼女にはあまり期待していない。
そうすると、ほぼ毎日それを裏切ってくれる彼女がいるので、サイコーな日々を送ることができる。
言ってしまえば「究極のポジティブ思考」のようなものだろうか。
2人よれば文殊の知恵
これも結構ある。
人間実はかなり
「それってムダじゃない?」
とか、
「こうした方が効率良くない?」
とか、
「これ使うともっと楽にできるよ!」
みたいなことがある。
おそらく大抵はそれぞれの実家でのやり方やルーティーンが染み付いているものだと思うが、そもそも非効率であったり、核家族世帯だからこそ成り立っていた仕組みであったりする。
例えばうちでは炊いて余ったご飯はデカ目の皿やタッパーに入れて冷蔵庫へドーン、だったのだが、彼女はラップにくるんで冷凍庫派。こういう時に、人は進化する。
大事なのはまずバイアスをなくし、その二つを冷静に比較してみること(なんなら正解はどちらでもないことだってある)。
そしてよく分からなければ、どちらも試してみること。
僕は最初は「れいとうしたらまずくなりそう」となんとなく考えていたが、レンジから取り出したラップご飯に僕は驚いた。
「君(レンジくん)、もしかして炊飯器??」
まあ大げさすぎる気もするが、イメージが低すぎたこともあり普通においしかった。
冷静に考えて、「でかい器で冷蔵庫入れてしまうと水分が下に溜まって上の方カピカピ現象」が起こりづらくなっている。なるほどなと僕は目から鱗が落ちる思いであった。
いやそんなご飯くらいで、と思うかもしれないが、この
選択肢の出現→比較→検討→実践→結論
という流れは、どんな問題にでも当てはまる。ご飯のような小さなことから、時には人生を左右する決断だってあるだろう。引っ越しに当たっては、お金の支払いや管理方法、世帯主をどうするかなどは2人で何度も話し合ったものもある。
2人で住むということは、2人で生活するということ。面倒だからとテキトーにしてしまうことは、生活にヒビを入れてしまう。
ちなみにこの柔軟性は他でもない麻雀で培ったものであると言っても過言ではない。不完全情報ゆえに多くの選択肢(プロの間でも正解がないケースがほとんど)のある麻雀において「バイアスを取り払って比較する力」は強くなったように思える。麻雀しようみんな。
時間の軸ができる
一人暮らしの人間が自由と引き換えに失うもの、それが「自律心」である(大いに人による)。
大学時代あんなにボイパを刻んでいたのに、僕の生活のリズムは狂いっぱなしだった。なんならそれが正常とまで思っていた。
しかし当たり前だが、同棲のうえでは基本的に毎朝共に起き、3食を同じタイミングで食べ、同じタイミングで寝る。どちらかがもたついているときは、もう1人が引っ張る。人間、ご飯を用意されさえすれば何とか食べるし、手を叩いて「頑張れ!がんばれ!」と励ませばとりあえず目は覚ます。
お陰でここ数日で2人とも体重は増え、僕は口内炎がすぐ治るようになった(できてしまったのは噛んだからなのでストレスや栄養不足ではない)。
そんな感じで、大学2年以降しばらく行方不明だった「生活リズム」が僕の元へ帰ってきた。よしよし、お帰り。
たまに寝落ち、からの変な時間に起きてしまうことはあるものの、人としてのまともさを取り戻しているように思う。彼女の言葉を借りれば、「人間に戻った」ような感覚である。
会話の時間が増える
そりゃそう。毎日嫌でも顔を合わせる(嫌ではない)ので、「晩飯何食う?」といった業務連絡をはじめ、ぱっと思い出せないほどのしょーもないダジャレや冗談の数々や、時にはめっちゃ真面目な将来を見据えた会議など多くの時間を会話に使う。
これは何となくだが、僕が同棲を決断できた1番の要因は一緒にいる時間の心地よさであり、その理由はおそらく会話の波が会うからのように思う。
どんなにしょうもなく、たまにちゃんと届いてないようなボールでも、しっかり拾ってまた返してくれる彼女には感謝オブ感謝。イェイイェイ。ウォウウォウ。ヒーハー。ビーバー。(ちなみにこんなノリでも合わせてくれる。)
あーあ、良かったよかった。人生さいこうである。
デメリット
まあこれだけのメリットを得て、少しくらいは何かを我慢しなければ神は許してくれないだろう。そういえばこの数週間もあんな大変なことやこんな辛いことが、、、
ない。
念のためもう一度いうと、デメリットはない。そのくらい、ピンフドラ1をリーチすることよりもはるかに有利なレベルで、今の生活にはメリットしかない。
そう、デメリットはnothingなのだ。
そもそも
散々語っておいてなんだが、同棲をメリット・デメリットで考えていたら今とは違う生活になっていたような気がする。具体的には言わないが、「そういうことじゃないのでは?」というのがこれを書いた僕自身の素直な気持ちということである。
もちろん、メリットが多くデメリットの少ない選択肢を選ぶことも重要である。しかし世の中、理だけではうまくいかないことも少なくない。時には右脳で、直感で。近藤誠一もそう言っている。
何が言いたいかというと、生き方は人それぞれ。自分がどうありたいか、自分で考えて決めることが大事であるよねって話。
考えることの放棄、デメリットしかないもんね。